「ねぇ、リョーマは何が観たい?」

「…俺に意見求めてるくせに、そんなの持たないでよ…」


夏休み中のとある日、レンタルビデオ店でこんな会話が延々とされていた。

二人とも結論は出ているのだが、それ故に意見が食い違ってしまってこうなっている。

一人の少年は、男にしては美し過ぎる容姿に笑顔を貼り付けて。

一人の少年は、可愛い顔立ちを思い切り不愉快そうに歪ませて。





> 映画鑑賞





「なかなか譲らないねぇ、リョーマ」

「そう言う周助こそ! …俺、そんなの絶対ヤダ」


本当に嫌そうに、リョーマは呟いた。

現在不二にしっかりと握られているのは、ホラーというジャンルに所属する映画のDVD。

リョーマはパッケージさえ見たくないらしく、視線を合わせようとしない。


「どうして?怖いの?」

「…怖くない!でも、わざわざ観る必要ないじゃん」

「そう?夏に観る映画って言ったら、やっぱりホラーじゃない?」


不二が言うのも尤もで、確かにホラーに属する映画のほとんどがレンタル中だった。


「…有名な映画なら、まだいいよ。でも!ソレ何?!そんなタイトル聞いた事ない!」

「んー…確かに、マイナーかな?」


不二もタイトルを見て、首を傾げる。

テレビで宣伝されるような映画ではないから、余計に気になった。というのが不二の意見だ。


「絶対イヤ。人気がないホラー映画なんて…」

「でも、人気のやつは全部レンタルされてるしねぇ」


顔だけは残念そうに、不二は呟いた。

一、二年前にヒットしたホラー映画には、レンタル中の文字がある。


「ね?これしかないよ」

「………う〜」


不二が肩を抱いて耳元で囁くと、リョーマはいやいやと首を振った。

そんなリョーマを、不二は愛しそうに見つめ、口を開いた。


「じゃあ、今夜は泊まっていきなよ?そうすれば、夜眠れなくなる事もないでしょ?」

「…ッだから、怖くなんてないってば!」


言った瞬間、リョーマはしまったと口を手で覆った。

…が、時すでに遅し。不二がチャンスを逃すわけがなかった。


「じゃあ、いいよね?」


にっこりと微笑んだ彼の背中には、漆黒の翼があったとか、なかったとか。

こうしてリョーマはいやいやながらも不二の家に連れて行かれる事となった。





「まだ拗ねてるの、リョーマ?」


クスクス笑う恋人を、リョーマはキッと睨みつける。

もっとも、その恋人にはそんな仕草すら可愛らしく見えていたが。


「…家に誰も居ないなんて、聞いてなかった」

「うん?でも、僕が家に呼んだ時点で予想はしてたでしょ?」


いけしゃあしゃあと言ってのける不二に、リョーマは諦めたように項垂れた。

その様子に満足した不二は、いそいそとDVDを見るための準備をする。


「…こんなの観て、周助は楽しいわけ?」

「楽しいよ。ホラーって、こうゾクゾクする感覚がいいよね?」


…同意を求められても。リョーマは質問しただけ無駄だったと、ソファーに腰掛けた。

現在地は不二家のリビング。広い割に二人しかいないので、寂しく見える。

これから此処でホラー映画を観るのだ。そう思うとぞくりとし、リョーマは不二の名を呼んだ。


「周助、早くこっち来て…。セットしたら、操作はリモコンでも出来るんでしょ?」

「あ、うん…?」


確かにもうセットが終わったので、リモートコントロールでも十分操作は可能だった。

ただなんとなく、テレビの近くで操作していただけなのだが、思わぬ収穫だったようだ。

不二は恋人の可愛さに嬉しくなり、リョーマの座るソファーの隣に腰を下ろした。


「…怖いの?」

「こ、怖くなんかないってば!早く観ようよ!」


そう言いながらも、少し震えている言葉と身体。

不二は手を伸ばすと、リョーマの身体を包み込むように肩を抱いた。

そして、再生ボタン…。


「…こうやって観ようか」

「暑苦しいよ、周助…」

「じゃ、ちょっと設定温度下げようか?」


クーラーのリモコンを手に取り、設定温度を二度程下げた。


「周助のバカー!これから怖いの観るのに、何で寒くするの!?」

「ふふ…雰囲気があっていいじゃない?」

「………」


リョーマは悔しそうにしたが、諦めたように不二の身体に身を寄せて暖をとる事にした。

…なんとも、自然に優しくないカップルである。


「あ、始まった」

「…うぅ…」


最初からいきなり暴力シーンが映され、リョーマは所々で不二の胸に顔を伏せた。

映画を観つつも、そんなリョーマにご満悦の不二は、優しい手つきでリョーマの背中を撫でる。

そうするとリョーマは少し安心し、またテレビの方へと視線を向けた。





「…なんか、哀しいよね」

「え?」


暫く映画を観ていて、不意にリョーマが呟いた。


「何が哀しいの?」


不二はテレビからリョーマへと視線を向け、促す。

リョーマは静かに、ポツリポツリと話し始めた。


「…だってさ、友達に殺されるって…ヤだよね。それが大事な人なら、尚更…」


映画の事か。そう理解し、不二は優しく応えた。


「そうだね。友達だった人に憎み、憎まれて死ぬのは嫌だね」

「…周助は?」

「ん…?」

「周助は、誰を殺すのが一番嫌?」


丁度、映画は主人公とその元親友の会話のシーンへとなっていた。

『他の奴を殺す事に躊躇いはないけど、お前だけは殺したくない。殺されたくない』

そう言って自分の喉を掻っ切った元親友を、主人公が抱き上げ、まだ息のある元親友に…

『…俺はな、他の友達を全て奪ったお前を殺す事に躊躇いはないよ。それに…』

主人公の男は、元親友の心臓部分にナイフを突き刺し、絶命させた。

そして耳元で一言…

『…俺は、お前になら殺されても良かった』

…なんとも迫真の演技である。本当に死んでるように見える役者。

主人公の、無表情で感情を込める台詞には、不二も久々に快感を覚える思いがした。


「ねぇ…周助は、誰を殺すのが一番嫌?」


暫く映画に見入っていた不二に、リョーマは焦れたようにもう一度問いかけた。

不二はやっとリョーマの方を見ると、にっこりと微笑んだ。


「そうだね…そんな状況は御免だけど。もしあったら…」

「あったら?」


リョーマはドキドキしながら、不二の言葉を待った。


「うん…手塚も大石も、タカさんに乾、英二も嫌。桃も海堂も…」

「…ねぇ、俺が入ってないよ?」

「だって、リョーマはその中に含まれてないもの」


不二が飄々と言うので、リョーマは多少面を食らったが、それだと少し困ってしまう。

(俺の事、殺しちゃうのかな…) そんな不安に駆られて、背筋がゾクリとなった。


「クス…そんな風に怯えた顔、しないで…」

「だって、周助が…」


不二は優しくリョーマを抱きしめると、唇に軽くキスをした。


「リョーマを穢したくないから。他の誰よりも先に、僕が殺してあげたい。…殺される前に」

「………じゃあ、誰に一番殺されたくない?」

「それもリョーマかな。罪を背負って欲しくないし」

「酷…。俺って死に損じゃん」


納得出来ないと訴えるような拗ねた表情に、不二は自然と笑みを浮かべた。

自覚出来る程に、不二は目の前の少年に溺れている。


「あのね、リョーマには僕の居ない世界で生きて欲しくないから」

「…だから殺しちゃうって?」

「うん」


明るく答える恋人に呆れながら、リョーマは自分からキスをする。


「俺だったらね、一緒に死ぬ。周助に殺されたくないし、殺したくもない」

「どうして?」

「…好きだから。俺も、周助の居ない世界なんか御免だよ。…一緒なら、あの世で逢える気がするし」

「可愛いね、リョーマ…。そこまでして僕と一緒に居たいんだ?」

「当たり前でしょ。周助のは勝手過ぎ。俺は一緒に居たいだけで、殺されるのは嫌だよ」

「そっか」


不二は「ごめん」と言って、リョーマの唇を貪った。

歯列を舐め、逃げようとする舌を掴まえて絡める。その激しさになんとか応えようとする小さな恋人。

先程の映画以上に興奮している自分に、不二は薄く微笑った。


「…僕も………………」

「え?何か言った?」

『僕も、リョーマと一緒に居れるなら死んでもいいかな…』


耳元で囁かれた甘い言葉に、リョーマは頬を赤く染めた。

そしてその頭からは、すっかりホラー映画の怖いシーンなどは吹き飛んでおり…

今夜は怖さではなく甘い情事で眠れなさそうだ、と心の中で溜息をついた。

真夏の夜の、幽霊も逃げ出す程お似合いで熱い恋人達のストーリー。